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市宝探訪(仏像)

[2012年5月22日]

ID:783

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東明寺(とうみょうじ)・薬師如来立像(やくしにょらいりゅうぞう) -湊-

東明寺・薬師如来立像

 湊の東明寺は奈良時代の養老(ようろう)2年(718)の創建といわれ、以前は海岸に位置して東足寺と称したが、寛保(かんぽう)2年(1742)の大津波の後に現在地に移転した。本尊の薬師如来立像は高さ216cmの巨像で、カヤ材の一木造りである。右手はひじを曲げて掌を正面に向け、左手は腰の脇前に下ろして薬壷(やっこ)を持っている。像に見られる特徴・様式から、制作年代は平安中期から後期と言われている。かつては独立した薬師堂があったが今はない。昭和29年県指定有形文化財。

道場寺(どうじょうじ)・阿弥陀如来坐像(あみだにょらいざぞう) -上-

道場寺・阿弥陀如来坐像

 上の道場寺に安置される阿弥陀如来坐像は、この地から出て四国の徳島藩主蜂須賀(はちすか)侯の側室となった「たな」女が寄進したと伝えられている。ヒノキの寄木造りで、高さは67.8cm、頭に宝冠(ほうかん)を載せる。額の白毫(びゃくごう)は水晶製、目は玉眼(ぎょくがん)で、両膝を横にゆったりと出し、胸から腹部へのくびれを大胆に表し、全体的にみて安定感を与える造形美を示している。この像の下腹部胎内に墨書があり、鎌倉時代初期の安貞(あんてい)元年(1227)の作と認められる。昭和53年県指定有形文化財。

万福寺(まんぷくじ)・釈迦如来坐像(しゃかにょらいざぞう)、脇侍(わきじ) -篠部-

万福寺・釈迦如来坐像、脇侍

 篠部の万福寺は、鎌倉の戦火を逃れてきた僧道円が、船で走水から篠部に渡り、浜辺に庵(いおり)を作り本尊をまつったことがはじまりであるという。本尊は釈迦如来坐像(高さ28.5cm)を中尊とし、向かって右に文殊菩薩(もんじゅぼさつ)(11.7cm)、左に普賢菩薩(ふげんぼさつ)(12.0cm)を脇侍として配する三尊像である。文殊菩薩は獅子の背に、普賢菩薩は白象の背に座っている。中尊の制作年代はその様式から鎌倉前期と推定されるが、普賢菩薩には南北朝期の刻銘がある。昭和56年県指定文化財。

岩坂(いわさか)・虚空蔵菩薩坐像(こくうぞうぼさつざぞう) -岩坂-

岩坂・虚空蔵菩薩坐像

 岩坂のほぼ中央、小高い台地上に虚空蔵堂(岩坂堂)が所在している。そこに安置されている虚空蔵菩薩坐像は、高さ69.5cm、カヤの一木造りで、本体・蓮華座とも全てを一木から彫り出したものである。彫りは「鉈彫り」で全国的に類例は少なく、関東・東北地方に普及した様式である。頭部には五智如来の宝冠を戴き、左手に如意宝珠(にょいほうじゅ)をささげ、右手は垂れて与願印(よがんいん)をなす。彫り方や面相に宋の影響が見られ、鎌倉後期の作と推定される。昭和54年県指定文化財。

東福寺(とうふくじ)・千手観音坐像(せんじゅかんのんざぞう) -富津-

東福寺・千手観音坐像

 東福寺は大正9年(1920)の富津の大火で本堂が焼失したが、一老婆の機転で本尊は焼失を免れた。傷みが激しいため昭和44年(1969)に京都国立博物館で解体修理が行われ、その際に嘉暦(かりゃく)2年(1327)の胎内銘が発見されて、鎌倉後期の造像であることがわかった。高さは46.7cm、寄木造り、玉眼を入れてあり、写実的な姿態は豊かな緊張美を感じさせる。寺伝(じでん)によれば、本像は漁民たちが網で引き上げた材木によって造られたという。昭和48年市指定有形文化財。

安国寺(あんこくじ)・不動明王坐像(ふどうみょうおうざぞう) -亀田-

安国寺・不動明王坐像

 亀田の安国寺は足利尊氏(あしかがたかうじ)が、夢窓国師(むそうこくし)のすすめに従い、南北朝動乱期の戦死者の霊を弔うために建立した寺である。不動明王坐像は高さ84cm、結跏趺坐(けっかふざ)の童子型忿怒(ふんぬ)相を表し、眼はガラスの玉眼で大きく見開かれ、口には歯6本をむき出している。寄木造りで内刳(うちぐり)が施され、頭髪は巻髪である。この仏像は、永正16年(1519)に佐貫地方に起こった動乱で破損したが、天文8年(1539)に修理されたことが胎内の墨書に記されている。昭和53年市指定有形文化財。

光明寺(こうみょうじ)・釈迦三尊像(しゃかさんぞんぞう) -鶴岡-

光明寺・釈迦三尊像

 光明寺は鶴岡字含富里(がんぶり)にあり、含富山福蔵院と号する真言宗の寺で、建治2年(1276)、僧頼秀(らいしゅう)の創建と伝えられているが、堂塔はたびたび火災にあってきた。釈迦三尊像は、元は境内の北にある山上の御釈迦堂に安置されていた。中尊釈迦如来坐像は高さ90cmで裳懸座に載り総高166cm、文殊菩薩像は獅子座に載り総高173cm、普賢菩薩像は象座に載り総高171cmである。いずれも檜材を用いた寄木造りで、鎌倉期の造像と見られる。昭和53年市指定有形文化財。

光明寺(こうみょうじ)・地蔵菩薩立像(じぞうぼさつりゅうぞう) -八田沼-

光明寺・地蔵菩薩立像

 八田沼の通称「田の草地蔵堂」に安置される地蔵菩薩像は、「宝珠錫杖(ほうじゅしゃくじょう)地蔵」といわれる檜(ひのき)の寄木造りで、木造の蓮華座に立ち、像高は180cmの長身である。光背は輪光背で、白毫(びゃくごう)は水晶、眼は彫眼であり、右手に錫杖をもち、左手に宝珠を持つ形態である。肩の張りは強いが、胴まわりの衣文にはやや固定化した表現が見られる。台座には墨書があり、室町後期の嘉吉(かきつ)2年(1442)に高橋時光夫妻が施主となって造立されたことが記される。昭和58年市指定有形文化財。

延命寺(えんめいじ)・地蔵菩薩坐像(じぞうぼさつざぞう) -竹岡-

延命寺・地蔵菩薩坐像

 竹岡の街中に、延命寺の所管である露座(ろざ)の銅造地蔵菩薩坐像がある。寺伝によれば江戸中期にこの地方に疫病が流行し、亡くなった多数の人々の供養のために、延命寺住職が勧進してこの地に建立したという。享保5年(1720)、江戸神田の鋳物師(いものし)河合兵部(かわいひょうぶ)の作で、胎内には信者からの願文が多数納められているという。高さ177cm、結跏趺坐(けっかふざ)の像で、慈悲円満の相好(そうごう)である。右手に錫杖(しゃくじょう)を持ち、左手上に宝珠があったが今は失われている。昭和48年市指定有形文化財。

安国寺(あんこくじ)・銅造十一面観音坐像懸仏(どうぞうじゅういちめんかんのんざぞうかけぼとけ) -亀田-

安国寺・銅造十一面観音坐像懸仏

 市指定の不動明王坐像がある安国寺に、銅製の懸仏が所蔵されている。懸仏とは銅の円板に仏像を浮彫りにして吊り下げられるように輪を取り付けたものである。安国寺の懸仏は直径15cm、厚さ5mmで、左手に水瓶を持った十一面観音像が彫り出されている。背面には梵字に続いて銘文が陰刻され、「文明弐拾年」とあることから、室町中期の作と見られる。寺伝によればこの像は足利尊氏の護身仏で、出陣の際に鎧の下に入れていたという。昭和53年市指定有形文化財。

寳龍寺(ほうりゅうじ)・木造地蔵菩薩坐像(もくぞうじぞうぼさつざぞう) -宝竜寺-

寳龍寺・木造地蔵菩薩坐像

 宝竜寺に所在する寳龍寺は、平安時代の仁和(にんな)元年(885)の創建と伝えられる。本堂に安置される木造地蔵菩薩坐像は、室町中期の制作と考えられる。像高51.3cm、ヒノキ材の寄木造りで、頭部は円頂、白毫(びゃくごう)は水晶、体躯は半跏楽坐(はんからくざ)形。上半身に大衣を偏袒右肩(へんたんうげん)に着し、左手に宝珠、右手に錫杖を握る。仏像彫刻の造形が衰える15世紀の制作としては、彫法や身体表現に確かなものを感じさせ、当代一級の仏師の手になるものと思われる。平成25年市指定有形文化財。

金蔵院(こんぞういん)・木造地蔵菩薩立像(もくぞうじぞうぼさつりゅうぞう) -本郷-

金蔵院・木造地蔵菩薩立像

 本郷の金蔵院本堂に安置される木造地蔵菩薩立像は、鎌倉末~南北朝期に制作されたと考えられる。胎内には宝永(ほうえい)2年(1705)の銘札3枚、文化12年(1815)の修理銘札1枚、文久2年(1863)の祈祷札1枚が納入されていた。像高94.6cm、ヒノキ材の寄木造りで、金銅製瓔珞(ようらく)を胸に掛ける。両足は揃えて直立し、沓(くつ)を履く。沓を履く地蔵菩薩像は県内でも類例が少なく、西日本の像がその多くを占める。当像も院派など西国の仏師によって制作された可能性がある。平成25年市指定有形文化財。

円鏡寺(えんきょうじ)・木造阿弥陀如来坐像(もくぞうあみだにょらいざぞう) -八幡-

円鏡寺・木造阿弥陀如来坐像

 八幡の円鏡寺本道脇陣に安置される木造阿弥陀如来坐像は、程近い鶴峯八幡社(天羽八幡)の本地仏と伝承される。像高88.6cm、ヒノキ材の寄木造りで漆箔仕上げ。結跏趺坐(けっかふざ)し、両手は弥陀定印(みだじょういん)を結ぶ。腰裳(こしも)の裾、納衣・偏衫の袖先を蓮華座(れんげざ)より垂下させる「法衣垂下式(ほうえすいかしき)像」であり、作風から15世紀末~16世紀前半と推定される。鎌倉の一級仏師の手になる制作が確実視され、真里谷(まりやつ)武田氏による鶴峯八幡社再興期に制作された可能性が高い。平成25年市指定有形文化財。

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