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多田元吉

[2013年7月12日]

ID:2685

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多田元吉

 多田元吉は、文政12年(1829)3月11日、富津市富津の多田荘次郎の長男として生まれた。若くして江戸に出て、千葉周作に剣術を学び、幕臣となる。慶応3年(1867)9月、元吉(満39歳)は神奈川奉行下番として蝦夷警備派遣部隊の先発隊に組み入れられ北海道へ渡ったが、榎本武揚が五稜郭に籠城して官軍と戦闘する前に江戸に戻り、江戸町奉行に協力して治安維持に当たった。幕府解体後の明治元年(1868)11月に、徳川慶喜に従って駿河国に赴く。拝領した長田村(現静岡市丸子)赤目ヶ谷の官林5町歩を開拓して茶の栽培を開始した。明治8年(1875)明治政府は元吉の製茶技術を評価し、内務省勧業寮に配属、中国・インドへの視察を命じた。明治9年(1876)インドのアッサム地方、ダージリン地方、セイロン島に向かい、翌年帰国。アッサム地方から持ち帰った紅茶の原木を丸子で栽培し、機械技術の研究も併せて行った。

 以来、その知識をもって製茶について全国各地に指導・講演を重ね、内国勧業博覧会の審査員になるなど製茶振興に尽くした。著書には『茶業改良法』(明治20年)ほか数冊があり、その業績は『静岡県茶業史』・『日本茶業史』に記載されている。明治23年(1890)藍綬褒章を受章、明治29年(1896)67歳で没した。墓地は静岡市丸子にある。

【参考文献】

  • 小沢平二郎「産業・経済の発達」『富津市史通史』第5編近代第3章第2節1982.3
  • 川口国昭『茶業開化 明治発展史と多田元吉』全貌社1989.8

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